クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション (関西社会学会第72回大会, 2021-06)
報告資料スライド: http://tsigeto.info/21z-slide.pdf
Paper title: クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション
Author: 田中 重人 (東北大学)
Abstract:
2020年2月25日に厚生労働省が「クラスター対策班」を設置して以来、「クラスター対策」は日本のCOVID-19対応を特徴づけるものとされてきた。これは感染症法15条に基づく「積極的疫学調査」の実施に関わる事柄である。
文献を収集して検討したところ、クラスター対策について3種類の説明が併存してきたことがわかった。それぞれ「理想」「公式」「現場」のクラスター対策と呼ぶことにする。
理想のクラスター対策: 国立感染症研究所 [1] によれば、クラスター対策とは、感染の連鎖をすべて同定し、感染者を隔離して感染拡大を防ぐものである。
公式のクラスター対策: 押谷 [2] によれば、感染の規模によって調査の方法を変え、大規模な感染を優先的に発見しようとするのがクラスター対策である。
現場のクラスター対策: 実際に各地の保健所が調査をおこなう際は、感染連鎖をたどる条件の設定をきびしくして、感染者の発見・隔離の範囲を絞り込んでいる [3] [4]。
すべての感染を調べようとする理想のクラスター対策に対し、公式のクラスター対策は、大規模感染の発見を優先して小規模感染を見逃すことを許容する。現場のクラスター対策も感染者の見逃しを許容するが、感染規模にかかわらず個別の接触の様態 (接触者との距離、接触時間、マスク着用の有無など) による一律の基準を適用する点が、公式のクラスター対策とのちがいである。
用語法の乱立の背景には、疫学の専門用語「クラスター」(cluster) が、日本政府やそれに協力する専門家の間で多義的に使われてきた事情がある。本報告では、COVID-19をめぐるコミュニケーションにおいてこのような用語不統一がどのような混乱をもたらしたかを論じる。(詳細は http://tsigeto.info/21z 参照)
References:
[1] 国立感染症研究所 (2021-01-14) 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(1月8日版 訂正版) https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/COVID19-02-210108.pdf
[2] 押谷仁 (2020)「感染症対策「森を見る」思考を」(インタビュー) 『外交』61: 6-11.
[3] 岩永直子 (2020-08-17) 「宴会2時間でも「大丈夫というわけではない」 新型コロナ第一波から学ぶべき教訓」(和田耕治インタビュー) BuzzFeed News https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-wada-12
[4] 東京新聞 (2021-01-24)「<新型コロナ>静岡県内で新たに50人の陽性確認 出入り口の扉から感染拡大? 掛川市の事業所でクラスター」TOKYO Web. https://www.tokyo-np.co.jp/article/81742
Conference: 関西社会学会 第72回大会 (2021-06-05..06, Online)
History:
2021-03-10: Created
2021-03-19: Revision
2021-06-05: Slides
Paper title: クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション
Author: 田中 重人 (東北大学)
Abstract:
2020年2月25日に厚生労働省が「クラスター対策班」を設置して以来、「クラスター対策」は日本のCOVID-19対応を特徴づけるものとされてきた。これは感染症法15条に基づく「積極的疫学調査」の実施に関わる事柄である。
文献を収集して検討したところ、クラスター対策について3種類の説明が併存してきたことがわかった。それぞれ「理想」「公式」「現場」のクラスター対策と呼ぶことにする。
理想のクラスター対策: 国立感染症研究所 [1] によれば、クラスター対策とは、感染の連鎖をすべて同定し、感染者を隔離して感染拡大を防ぐものである。
公式のクラスター対策: 押谷 [2] によれば、感染の規模によって調査の方法を変え、大規模な感染を優先的に発見しようとするのがクラスター対策である。
現場のクラスター対策: 実際に各地の保健所が調査をおこなう際は、感染連鎖をたどる条件の設定をきびしくして、感染者の発見・隔離の範囲を絞り込んでいる [3] [4]。
すべての感染を調べようとする理想のクラスター対策に対し、公式のクラスター対策は、大規模感染の発見を優先して小規模感染を見逃すことを許容する。現場のクラスター対策も感染者の見逃しを許容するが、感染規模にかかわらず個別の接触の様態 (接触者との距離、接触時間、マスク着用の有無など) による一律の基準を適用する点が、公式のクラスター対策とのちがいである。
用語法の乱立の背景には、疫学の専門用語「クラスター」(cluster) が、日本政府やそれに協力する専門家の間で多義的に使われてきた事情がある。本報告では、COVID-19をめぐるコミュニケーションにおいてこのような用語不統一がどのような混乱をもたらしたかを論じる。(詳細は http://tsigeto.info/21z 参照)
References:
[1] 国立感染症研究所 (2021-01-14) 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(1月8日版 訂正版) https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/COVID19-02-210108.pdf
[2] 押谷仁 (2020)「感染症対策「森を見る」思考を」(インタビュー) 『外交』61: 6-11.
[3] 岩永直子 (2020-08-17) 「宴会2時間でも「大丈夫というわけではない」 新型コロナ第一波から学ぶべき教訓」(和田耕治インタビュー) BuzzFeed News https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-wada-12
[4] 東京新聞 (2021-01-24)「<新型コロナ>静岡県内で新たに50人の陽性確認 出入り口の扉から感染拡大? 掛川市の事業所でクラスター」TOKYO Web. https://www.tokyo-np.co.jp/article/81742
Conference: 関西社会学会 第72回大会 (2021-06-05..06, Online)
History:
2021-03-10: Created
2021-03-19: Revision
2021-06-05: Slides
Related articles
- 日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法: 2020年の記録 (『文化』86巻3/4号) (2023-09-07)
- 毎月勤労統計調査問題における政府と専門家:データに基づく批判の不在 (社会政策学会第144回大会, 2022-05-14) (2022-05-14)
- クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション (関西社会学会第72回大会, 2021-06) (2021-06-05)
- 「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題 (『東北大学文学研究科研究年報』70号) (2021-03-19)
- Politics of Double-Meaning Buzzwords: The High-Context Usage of the "Three Cs" Concept of Japan's COVID-19 Response (under review) (2021-03-19)
- Preprint 「「3密」概念の誕生と変遷: 日本のCOVID-19対策とコミュニケーションの問題」 (2020-10-07)
- 感染症対策「日本モデル」を検証する: その隠された恣意性 (『世界』934号) (2020-06-21)
- 2月2日(日)連続勉強会:「国難」のなかのわたしたちのからだ 第5回「STOP! 自治体の道徳PR事業」(渋谷アイリス) (2020-02-02)
- Political Vocabularies and Localized Discourses on Demographic Transition: The Emergence of the 'Syousika' Problem in 1980s Japan (RC06-VSA Conference, Oct 2019, Hanoi) (2019-10-18)
- 独自研究に基づく政策立案:EBPMは何をもたらすか (日本家族社会学会第29回大会, 2019-09 神戸) (報告申込済) (2019-09-14)
- 7月21日(日)連続勉強会:「国難」のなかのわたしたちのからだ 第4回「人口政策に組み込まれた「不妊」」(東京麻布台セミナーハウス) (2019-07-21)
- 5月11日(土)連続勉強会:「国難」のなかのわたしたちのからだ 第3回「優生保護法の負の遺産」(東京麻布台セミナーハウス) (2019-05-11)
- 研究報告「「少子化」観の形成とその変化:1974年から現在まで」(2019-03-24 東京 <連続勉強会:「国難」のなかのわたしたちのからだ> 第2回) (2019-03-24)
- Preprint: Monthly Labour Survey Misconduct since at Least the 1990s (Tanaka S. 2019-03-05) (2019-03-06)
- 「毎月勤労統計調査」は90年代以前から改ざんされていた?: データ改ざんに甘い社会 (wezzy 2019-02-07) (2019-02-09)
Comment:
Leave your comment
All items are optional (except the comment content). Posted comment will be immediately published, without preview/confirmation.
To pass my SPAM filter, include some non-ASCII characters more than 1% of Your Comment content. If you cannot type non-ASCII characters, copy & paste the star marks: ★☆★☆★☆.
Trackback:
http://blog.tsigeto.jp/tb.php/384-4119b226