Derivazioni
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(2011-09-02 released.)
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日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法: 2020年の記録 (『文化』86巻3/4号)
日本の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) 対応を特徴づける用語である「クラスター」について、この用語の初出である2020年2月からおよそ1年間の用法の変遷を記述した文章を『文化』(86巻3/4合併号) に掲載しました。
田中重人 (2023)
日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法: 2020年の記録
文化 86(3/4): 239-219, 208
http://tsigeto.info/23a
http://tsigeto.info/Tanaka-2023-Bunka.pdf (印刷版PDFファイル)
東北大学の機関リポジトリ TOUR https://tohoku.repo.nii.ac.jp で公開されるはずですが、9月18日まで新規登録が停止 (https://www.library.tohoku.ac.jp/news/2023/20230609.html) しているため、しばらくかかる見込みです。その代わりに、印刷版PDFファイルを http://tsigeto.info/Tanaka-2023-Bunka.pdf で公開しています。
【要約】
「クラスター」は、2020年初頭以降の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) への日本の対応を特徴付ける用語である。この用語の2020年2月から2021年1月までの用法を、政府文書やマスメディアによる報道などの関連文献から収集した。
その結果、政府と専門家が2020年2月末から3月上旬にかけてこの用語を使い始めたときには、すでに、ひとりから大勢への感染 (A)、拡大する可能性のある感染連鎖 (B)、1か所で生じる大規模感染 (C)、という3つの意味が共存していたことがわかった。その後、Aは姿を消し、BとCが残った。保健所による積極的疫学調査では、「クラスター」は一貫してBの意味である。一方、自治体は、すくなくとも2020年6月以降は、5人以上が感染したという具体的な基準で、意味Cを使用している。日本政府は、いったんはそれとおなじ意味で「クラスター」を使用するようになったが、その後、意味Bを併用するようになり、さらにCの意味を拡張して、4人未満の小規模な感染をふくめて「クラスター」と呼ぶ (意味C') ようになった。
このような用法の変化は、政府とそれに関連する専門家がCOVID-19に対応するためにとってきた戦略に潜在的な変化が生じたことを反映している。彼らは、COVID-19流行の初期段階においては、少数のスーパースプレッダーによる大規模感染に焦点を当て、それを「クラスター」ということばであらわしていた。しかし、流行が長期化する中で、対策の焦点は、小規模な感染の連鎖に移っていった。2020年7月以降、彼らは、日常的な活動 (特に飲食) の感染リスクを判断するために、小規模な感染の事例を「クラスター」と呼び、その情報を収集するようになった。そこでは、「クラスター」はもはや対策の対象となる脅威そのものを指すのではなく、脅威につながる可能性のある行動の情報を現場から集めるために便宜的に使うことばとなっている。
【目次】
1. 疫学における「クラスター」
2. COVID-19第1波: 「クラスター」概念の創出と拡散
- 2.1. 「クラスター」の登場
- 2.2. 積極的疫学調査における「クラスター」
- 2.3. 「集団感染」と「クラスター」
- - 2.3.1. 厚労省による「集団感染」「クラスター」の解説 (2月29日)
- - 2.3.2. 専門家会議「見解」(3月2日、3月 9日)
- - 2.3.3. 日本公衆衛生学会「クラスター対応戦略の概要」(3月10日)
- - 2.3.4. 厚労省「全国クラスターマップ」問題 (3月15日)
- 2.4. 第1波後半の二重構造
- 2.5. 第1波における3種の「クラスター」
3. COVID-19第2波: 「クラスター」の小規模化
- 3.1. FETP「クラスター事例集」
- 3.2. 小規模感染事例をふくむ「クラスター等」
- 3.3. 第2波における「クラスター」定義の変容
4. COVID-19第3波: 質的把握の重視
- 4.1. 「クラスター」事例ヒアリング
- 4.2. 「集団感染」の小規模化と会食への警戒
- 4.3. 複数感染事例としての「クラスター」定義
- 4.4. 緊急事態宣言と「クラスター」集計基準の再変化
- 4.5. 第3波における「場面」の質的把握
5. まとめ
【補足】
(1) 最初のページ (p. 239) 「10か月あ」と「まりを対象に」の間で改段落されていますが、これはまちがいで、本来はそのままつづいているはずところです。あとで何らかのかたちで訂正が出ると思います。
(2) 論文に盛り込めなかったことの補足を https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20230907/23a に書きました。
田中重人 (2023)
日本のCOVID-19対応における多義語「クラスター」の用法: 2020年の記録
文化 86(3/4): 239-219, 208
http://tsigeto.info/23a
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東北大学の機関リポジトリ TOUR https://tohoku.repo.nii.ac.jp で公開されるはずですが、9月18日まで新規登録が停止 (https://www.library.tohoku.ac.jp/news/2023/20230609.html) しているため、しばらくかかる見込みです。その代わりに、印刷版PDFファイルを http://tsigeto.info/Tanaka-2023-Bunka.pdf で公開しています。
【要約】
「クラスター」は、2020年初頭以降の新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) への日本の対応を特徴付ける用語である。この用語の2020年2月から2021年1月までの用法を、政府文書やマスメディアによる報道などの関連文献から収集した。
その結果、政府と専門家が2020年2月末から3月上旬にかけてこの用語を使い始めたときには、すでに、ひとりから大勢への感染 (A)、拡大する可能性のある感染連鎖 (B)、1か所で生じる大規模感染 (C)、という3つの意味が共存していたことがわかった。その後、Aは姿を消し、BとCが残った。保健所による積極的疫学調査では、「クラスター」は一貫してBの意味である。一方、自治体は、すくなくとも2020年6月以降は、5人以上が感染したという具体的な基準で、意味Cを使用している。日本政府は、いったんはそれとおなじ意味で「クラスター」を使用するようになったが、その後、意味Bを併用するようになり、さらにCの意味を拡張して、4人未満の小規模な感染をふくめて「クラスター」と呼ぶ (意味C') ようになった。
このような用法の変化は、政府とそれに関連する専門家がCOVID-19に対応するためにとってきた戦略に潜在的な変化が生じたことを反映している。彼らは、COVID-19流行の初期段階においては、少数のスーパースプレッダーによる大規模感染に焦点を当て、それを「クラスター」ということばであらわしていた。しかし、流行が長期化する中で、対策の焦点は、小規模な感染の連鎖に移っていった。2020年7月以降、彼らは、日常的な活動 (特に飲食) の感染リスクを判断するために、小規模な感染の事例を「クラスター」と呼び、その情報を収集するようになった。そこでは、「クラスター」はもはや対策の対象となる脅威そのものを指すのではなく、脅威につながる可能性のある行動の情報を現場から集めるために便宜的に使うことばとなっている。
【目次】
1. 疫学における「クラスター」
2. COVID-19第1波: 「クラスター」概念の創出と拡散
- 2.1. 「クラスター」の登場
- 2.2. 積極的疫学調査における「クラスター」
- 2.3. 「集団感染」と「クラスター」
- - 2.3.1. 厚労省による「集団感染」「クラスター」の解説 (2月29日)
- - 2.3.2. 専門家会議「見解」(3月2日、3月 9日)
- - 2.3.3. 日本公衆衛生学会「クラスター対応戦略の概要」(3月10日)
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3. COVID-19第2波: 「クラスター」の小規模化
- 3.1. FETP「クラスター事例集」
- 3.2. 小規模感染事例をふくむ「クラスター等」
- 3.3. 第2波における「クラスター」定義の変容
4. COVID-19第3波: 質的把握の重視
- 4.1. 「クラスター」事例ヒアリング
- 4.2. 「集団感染」の小規模化と会食への警戒
- 4.3. 複数感染事例としての「クラスター」定義
- 4.4. 緊急事態宣言と「クラスター」集計基準の再変化
- 4.5. 第3波における「場面」の質的把握
5. まとめ
【補足】
(1) 最初のページ (p. 239) 「10か月あ」と「まりを対象に」の間で改段落されていますが、これはまちがいで、本来はそのままつづいているはずところです。あとで何らかのかたちで訂正が出ると思います。
(2) 論文に盛り込めなかったことの補足を https://remcat.hatenadiary.jp/entry/20230907/23a に書きました。
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- 5月11日(土)連続勉強会:「国難」のなかのわたしたちのからだ 第3回「優生保護法の負の遺産」(東京麻布台セミナーハウス) (2019-05-11)
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毎月勤労統計調査問題における政府と専門家:データに基づく批判の不在 (社会政策学会第144回大会, 2022-05-14)
Full paper and related information: http://tsigeto.info/22y [2022-05-06追記]
Paper title: 毎月勤労統計調査問題における政府と専門家:データに基づく批判の不在
Author: 田中 重人 (東北大学)
Abstract: 政策の合理性は、データと論理に基づく批判的コミュニケーションによって支えられる。そのようなコミュニケーションの担い手としては、政府、専門家、非専門家の3者がありうる。本研究では、2018年末に不正が発覚した厚生労働省「毎月勤労統計調査」について、2019年以降に独自のデータ分析による問題の告発があったケースを収集した。そうした告発は数としては少ないが、そのなかでは非専門家が無視できない役割を担ってきた。一方、専門家 (統計学者や経済学者等) の活動は不活発ないし非効果的であり、政府 (厚生労働省以外の部門) によるものは皆無であった。報告においては、これらのケースについて、どのようなデータに基づいてどのような問題が告発されたかを紹介するとともに、政府が政策立案に利用するデータについての効果的な批判的コミュニケーションを成立させる条件について考察する。
Conference: 社会政策学会 第144回大会 (2022-05-14..15, Online)
Session: 自由論題【A】労働政策 (2022-05-14 09:30-11:30)
Paper title: 毎月勤労統計調査問題における政府と専門家:データに基づく批判の不在
Author: 田中 重人 (東北大学)
Abstract: 政策の合理性は、データと論理に基づく批判的コミュニケーションによって支えられる。そのようなコミュニケーションの担い手としては、政府、専門家、非専門家の3者がありうる。本研究では、2018年末に不正が発覚した厚生労働省「毎月勤労統計調査」について、2019年以降に独自のデータ分析による問題の告発があったケースを収集した。そうした告発は数としては少ないが、そのなかでは非専門家が無視できない役割を担ってきた。一方、専門家 (統計学者や経済学者等) の活動は不活発ないし非効果的であり、政府 (厚生労働省以外の部門) によるものは皆無であった。報告においては、これらのケースについて、どのようなデータに基づいてどのような問題が告発されたかを紹介するとともに、政府が政策立案に利用するデータについての効果的な批判的コミュニケーションを成立させる条件について考察する。
Conference: 社会政策学会 第144回大会 (2022-05-14..15, Online)
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高校で授業:人口転換と家族制度 (2021-11-02)
下記の授業を昨年11月2日にオンラインでおこないました (クラスを分けて2回実施)。
日時: 2021年11月2日
場所: 仙台青陵高校「一日大学」
授業題目: 人口転換と家族制度
内容: 近代化につれて死亡率と出生率が下がっていく現象を、「人口転換」と呼びます。人口転換の結果、現在の先進国のほとんどで高齢化と少子化が進み、それにともなって社会制度のさまざまな側面で変革をせまられてきました。この授業では、家族(=夫婦関係と親子関係で結ばれた人々)に関する制度を中心に、私たちが経験しつつある人口転換にともなう社会変動について考えます。
資料: http://tsigeto.info/seiryo211102.pdf
日時: 2021年11月2日
場所: 仙台青陵高校「一日大学」
授業題目: 人口転換と家族制度
内容: 近代化につれて死亡率と出生率が下がっていく現象を、「人口転換」と呼びます。人口転換の結果、現在の先進国のほとんどで高齢化と少子化が進み、それにともなって社会制度のさまざまな側面で変革をせまられてきました。この授業では、家族(=夫婦関係と親子関係で結ばれた人々)に関する制度を中心に、私たちが経験しつつある人口転換にともなう社会変動について考えます。
資料: http://tsigeto.info/seiryo211102.pdf
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クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション (関西社会学会第72回大会, 2021-06)
報告資料スライド: http://tsigeto.info/21z-slide.pdf
Paper title: クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション
Author: 田中 重人 (東北大学)
Abstract:
2020年2月25日に厚生労働省が「クラスター対策班」を設置して以来、「クラスター対策」は日本のCOVID-19対応を特徴づけるものとされてきた。これは感染症法15条に基づく「積極的疫学調査」の実施に関わる事柄である。
文献を収集して検討したところ、クラスター対策について3種類の説明が併存してきたことがわかった。それぞれ「理想」「公式」「現場」のクラスター対策と呼ぶことにする。
理想のクラスター対策: 国立感染症研究所 [1] によれば、クラスター対策とは、感染の連鎖をすべて同定し、感染者を隔離して感染拡大を防ぐものである。
公式のクラスター対策: 押谷 [2] によれば、感染の規模によって調査の方法を変え、大規模な感染を優先的に発見しようとするのがクラスター対策である。
現場のクラスター対策: 実際に各地の保健所が調査をおこなう際は、感染連鎖をたどる条件の設定をきびしくして、感染者の発見・隔離の範囲を絞り込んでいる [3] [4]。
すべての感染を調べようとする理想のクラスター対策に対し、公式のクラスター対策は、大規模感染の発見を優先して小規模感染を見逃すことを許容する。現場のクラスター対策も感染者の見逃しを許容するが、感染規模にかかわらず個別の接触の様態 (接触者との距離、接触時間、マスク着用の有無など) による一律の基準を適用する点が、公式のクラスター対策とのちがいである。
用語法の乱立の背景には、疫学の専門用語「クラスター」(cluster) が、日本政府やそれに協力する専門家の間で多義的に使われてきた事情がある。本報告では、COVID-19をめぐるコミュニケーションにおいてこのような用語不統一がどのような混乱をもたらしたかを論じる。(詳細は http://tsigeto.info/21z 参照)
References:
[1] 国立感染症研究所 (2021-01-14) 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(1月8日版 訂正版) https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/COVID19-02-210108.pdf
[2] 押谷仁 (2020)「感染症対策「森を見る」思考を」(インタビュー) 『外交』61: 6-11.
[3] 岩永直子 (2020-08-17) 「宴会2時間でも「大丈夫というわけではない」 新型コロナ第一波から学ぶべき教訓」(和田耕治インタビュー) BuzzFeed News https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-wada-12
[4] 東京新聞 (2021-01-24)「<新型コロナ>静岡県内で新たに50人の陽性確認 出入り口の扉から感染拡大? 掛川市の事業所でクラスター」TOKYO Web. https://www.tokyo-np.co.jp/article/81742
Conference: 関西社会学会 第72回大会 (2021-06-05..06, Online)
History:
2021-03-10: Created
2021-03-19: Revision
2021-06-05: Slides
Paper title: クラスター対策とは何だったのか: 日本のCOVID-19対応にみる非合理的コミュニケーション
Author: 田中 重人 (東北大学)
Abstract:
2020年2月25日に厚生労働省が「クラスター対策班」を設置して以来、「クラスター対策」は日本のCOVID-19対応を特徴づけるものとされてきた。これは感染症法15条に基づく「積極的疫学調査」の実施に関わる事柄である。
文献を収集して検討したところ、クラスター対策について3種類の説明が併存してきたことがわかった。それぞれ「理想」「公式」「現場」のクラスター対策と呼ぶことにする。
理想のクラスター対策: 国立感染症研究所 [1] によれば、クラスター対策とは、感染の連鎖をすべて同定し、感染者を隔離して感染拡大を防ぐものである。
公式のクラスター対策: 押谷 [2] によれば、感染の規模によって調査の方法を変え、大規模な感染を優先的に発見しようとするのがクラスター対策である。
現場のクラスター対策: 実際に各地の保健所が調査をおこなう際は、感染連鎖をたどる条件の設定をきびしくして、感染者の発見・隔離の範囲を絞り込んでいる [3] [4]。
すべての感染を調べようとする理想のクラスター対策に対し、公式のクラスター対策は、大規模感染の発見を優先して小規模感染を見逃すことを許容する。現場のクラスター対策も感染者の見逃しを許容するが、感染規模にかかわらず個別の接触の様態 (接触者との距離、接触時間、マスク着用の有無など) による一律の基準を適用する点が、公式のクラスター対策とのちがいである。
用語法の乱立の背景には、疫学の専門用語「クラスター」(cluster) が、日本政府やそれに協力する専門家の間で多義的に使われてきた事情がある。本報告では、COVID-19をめぐるコミュニケーションにおいてこのような用語不統一がどのような混乱をもたらしたかを論じる。(詳細は http://tsigeto.info/21z 参照)
References:
[1] 国立感染症研究所 (2021-01-14) 「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領」(1月8日版 訂正版) https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/COVID19-02-210108.pdf
[2] 押谷仁 (2020)「感染症対策「森を見る」思考を」(インタビュー) 『外交』61: 6-11.
[3] 岩永直子 (2020-08-17) 「宴会2時間でも「大丈夫というわけではない」 新型コロナ第一波から学ぶべき教訓」(和田耕治インタビュー) BuzzFeed News https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-wada-12
[4] 東京新聞 (2021-01-24)「<新型コロナ>静岡県内で新たに50人の陽性確認 出入り口の扉から感染拡大? 掛川市の事業所でクラスター」TOKYO Web. https://www.tokyo-np.co.jp/article/81742
Conference: 関西社会学会 第72回大会 (2021-06-05..06, Online)
History:
2021-03-10: Created
2021-03-19: Revision
2021-06-05: Slides
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